2007年01月20日
秋葉原のすぐ近くがファッションの発信地だった 〜 既製服問屋街発祥の地 〜
「パソコン発祥の地」に「伊勢丹発祥の地」、「日本最初の駅ビル」に「日本最初の地下街」など・・・。これまでにも秋葉原エリアにいろんな発祥の地や日本最初のものがあることがわかりましたが、またひとつ新たな"発祥の地"を見つけました。今度は『既製服問屋街発祥の地』です。JR秋葉原駅の昭和通り口から昭和通りを南下するとすぐに神田川に掛かる和泉橋があります。この南東側に小さな緑地があり、『既製服問屋街発祥の地』はそこにありました。正確に言うと秋葉原ではなく岩本町になるのですが、この場所から秋葉原駅は目と鼻の先にありますし、東京メトロ日比谷線の秋葉原駅出入口がすぐ横にあります。
この緑地に、かつてここが『既製服問屋街発祥の地』だったことを示す立て札がありました。そこに、江戸時代からのこの辺りの歴史が説明されていました。

説明によると、江戸時代に太田道灌が鬼門であるこの地に柳を植えたことから「柳原土手」と呼ばれた逸話があると書いてありました。そうえば以前紹介した柳森神社にも似たようないい伝えがあったような。そして土手のそばには古着を扱う露天が集まり、江戸市中の古着マーケットの一つだったそうです。
この付近の歴史を説明する案内板にあったこの付近の江戸時代(安政三年・1856年)の地図。「柳原土手」の記載もあります。
今でも1本だけ残っている柳の木に「柳原土手」の名残を感じることが出来ます。明治に土手が崩された後も露天は残り、東京市中の古着商業者たちによって「岩本町古着市場」が開設され、東京の衣類産業の中心地だったそうです。
その後関東大震災で甚大な被害を受けましたが、第一次大戦後に世の中が和服から洋服の時代になると、既成の洋服の町へと変貌していったそうです。太平洋戦争末期には空襲で跡形もなく焼け野原にされてしまいますが、それでも戦後この町は「服の町」としてよみがえります。紳士服や婦人服の製造を手掛ける繊維メーカーが集まってきて、この町でつくられた洋服が全国のデパートのショーウィンドウを飾るファッションの発信地にまでになったそうです。
文章で書いてるだけでももの凄い歴史ですね。電気街もそうですが、ここまで発展させた人たちの苦労は計り知れないなとあらためて感じました。
同じ緑地内にある「岩本町三丁目」の歴史を説明する案内板にも、「繊維の町」として書かれています。現在では数が減ってきていますが、まだこの辺りには繊維関連の業者が多く残っているそうです。
今までいろんなお店を見てきましたがここまでファッション関連のお店がほとんどない街もめずらしいのでは?というくらい秋葉原にはファッション関連のショップが少ないです。そんな秋葉原のすぐそばにファッションの発信地があったというのは驚きでした。
個人的に発祥の地とか歴史にまつわる話しが好きです。「まんがはじめて物語」は大好きで必ず見てました。モグタンはもう見れませんが、また歴史関連のはなしがあればご紹介したいと思います。
■地図リンク
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